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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)3101号 判決

控訴人 根地嶋保一

右訴訟代理人弁護士 竹下甫

同 小山稔

被控訴人 神鋼ノースロップ株式会社

右訴訟代理人弁護士 神田洋司

同 弘中徹

同 吉田康俊

同 永倉嘉行

同 飛田政雄

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、被控訴人において金七一万一、四〇七円の支払いをなすと引き換えに、被控訴人に対し別紙物件目録記載の土地につき静岡地方法務局浜松支局昭和四六年七月二四日受付第三六一七四号をもってした所有権移転請求権仮登記に基づき所有権移転登記手続をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠関係は、左記のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決書第二枚裏第九行目の「昭和四五年」とあるを「昭和四七年」と訂正する。)。

一、控訴代理人の事実上の陳述

控訴人の原審における答弁二の主張

(原判決書第三枚裏第七行目より第九行目までの記載部分)を撤回し、次のとおり主張する。

1. 被控訴人が蒲郡信用金庫から譲り受けた、被控訴人主張の債権は、その担保として本件土地上に第一順位の根抵当権があるのみで、これにつき代物弁済予約等の特約はなかったものであるから、右譲受債権は本件代物弁済予約(以下本件仮登記担保という。)の被担保債権の範囲には属さない筋合である。従って本件仮登記担保の対象となる債権は被控訴人が豊竜産業に対して有していた前記金一、一三六万二、〇〇五円の債権のみである。

2. 仮にしからずとするも、本件仮登記担保により担保されるべき債権は、左記理由により豊竜産業と被控訴人間の取引による債権金一、一三六万二、〇〇五円の範囲にとどまるべきである。

すなわち、被控訴人、豊竜産業、控訴人間の昭和四六年七月二二日付根抵当権設定契約(甲第三号証、以下本件根抵当権設定契約という。)第九条によれば、「乙または丙は下記各号の一にでも該当するときは甲の何等の通知催告を要せず本契約は解除され、乙は全ての期限の利益を失い、直ちに一切の債務の弁済期が到来したものとし乙は甲の指示に従い負担する一切の債務を一時に支払うものとする。

(1)  期日に債務の全部たると一部たるを問わず支払を一度たりとも怠ったとき、

中略

(5) 手形の不渡処分を受け支払停止をなしその他不信用な行為がありまたは甲において乙が支払不能にあると認めたとき。」

とあり、豊竜産業が同会社振出の昭和四六年一〇月二五日満期、被控訴人所持の約束手形を不渡りにしたことは被控訴人自らが主張しているところであって、前同日右約束手形の不渡りを出すと同時に本件根抵当権設定契約の基本たる継続的取引契約は解除され、同時に豊竜産業に対する被控訴人の債権も確定したものであるから、右根抵当権設定契約に基づく被担保債権は爾後他の債権を取得してもこれにまで担保権の範囲の及ばないこと当然である。そのことは同一契約書に基づきなされた本件仮登記担保の対象たる債権についても同様である。従って、本件仮登記担保の対象となるべき債権は前述の如く右訴外会社の昭和四六年一〇月二五日約束手形の不渡を出した当時における債権金一、一三六万二、〇〇五円である。

3. 仮りに右主張が理由なしとするも、本件根抵当権設定契約証書に基づく被担保債権の極度額は金二、〇〇〇万円である。してみれば本件仮登記担保の対象とされるべき債権は少なくとも金二、〇〇〇万円以上に出でることを得ないこと明らかであり、本件口頭弁論終結時における本件物件の価格を評価し右金二、〇〇〇万円との差額を控訴人に提供するのでなければ控訴人としては被控訴人の本訴請求に応じなければならないいわれはない。

二、被控訴代理人の事実上の陳述

控訴人の前項主張事実はすべて争う。

三、立証関係〈省略〉

理由

一、請求原因一ないし四の主張事実については、当裁判所のこの点についての認定も原判決の理由説示(原判決書三枚裏第一三行目より同四枚裏第九行目の「予約完結権の効力が生じ」とある部分までの記載部分、但し右の「予約完結権の効力が生じ」の次に「た。」を加える。)と同一であるから、ここにこれを引用する。

二、控訴人は、蒲郡信用金庫からの前記譲受債権は本件仮登記担保の被担保債権に属さない旨を主張するが、右譲受債権が前記根抵当権の被担保債権として「その他一切の債務」に包含されると共に、本件仮登記担保の対象となるべきことは本件根抵当権設定契約に徴し明らかなところである。従って控訴人のこの点に関する主張は理由がない。

三、次に控訴人は「本件代物弁済予約(本件仮登記担保)により担保されるべき債権は豊竜産業と被控訴人との取引による債権金一、一三六万二、〇〇五円の範囲にとどまるべきである。」旨を主張するので、この点につき検討するに、前記代物弁済予約は、その予約完結の意思表示をなすことにより目的不動産たる本件土地から債権の優先弁済を受ける担保契約であると解すべきである。しかして成立に争いのない甲第三号証によれば、本件根抵当権設定契約第九条には「乙(豊竜産業)または丙(控訴人)は下記各号の一にでも該当するときは甲(被控訴人)の何等の通知催告を要せず本契約は解除され、乙は全ての期限の利益を失い、直ちに一切の債務の弁済期が到来したものとし乙は甲の指示に従い負担する一切の債務を一時に支払うものとする。」旨定められ、その期限の利益喪失の事由の一として「手形の不渡処分を受け支払停止をなしその他不信用な行為がありまたは甲において乙が支払不能の状況にあると認めたとき」という事項が掲げられており、更に第一〇条には「乙が前条の弁済を怠ったときは甲は何等の通知催告を要せず直ちに根抵当権を実行できるものとする。」旨定められ、第一一条には「乙が債務の弁済を怠ったときは、前条に拘らず甲において本担保物件(後に乙において付従せしめたるものを含む)の所有権をその弁済に換えて取得できるものとし、」と定められていることを認めることができ、他面において被控訴人は豊竜産業に対し原判決添付の手形目録記載の約束手形八通の手形金合計金一、一三六万二、〇〇五円の債権(本件手形金債権)を有していたところ、右各手形はいずれも不渡りとなり豊竜産業は遂に倒産するに至ったものであることは前記説示のとおりである。

ところで、右の第九条の形式的文言に即すれば、豊竜産業の右手形不渡り事故ないし支払停止(倒産)により当然に被控訴人と豊竜産業間の本件根抵当権設定契約の基本たる前記商品売買取引は解除の効力を生じ本件根抵当権ないし仮登記担保の被担保債権もこれをもって確定するものと解する余地がないでもない。しかしながら当裁判所は、右条項の解釈として、以上の各規定を素直に読めば手形不渡り事故等所定の期限の利益喪失の事由が生じても、これにより当然に本件根抵当権設定契約の基本たる前記商品売買取引解除の効力を生ずるものではなく、担保権者たる被控訴人の右取引契約解除ないしこれに準ずる意思表示をまってその解除の効力を生じ被担保債権は確定に至るべきものと解する。されば右の第九条において「甲の何等の通知催告を要せず本契約は解除され、〈省略〉乙は甲の指示に従い負担する一切の債務を一時に支払うものとする」旨定められているのは、担保権者たる被控訴人の特段の意思表示(本件においては予約完結の意思表示)により被担保債権が確定する趣旨を含むものと解すべく、同条の「何等の通知催告を要せず」とあるは解除の場合にその前提要件としての催告を不要とする趣旨とみるを相当とする。

以上の見解に立脚して考えれば、控訴人の前記手形不渡り事故ないし支払停止(倒産)により当然には本件根抵当権の被担保債権の確定をきたさず、従って右根抵当権と併用されている本件仮登記担保についても右と同様に解すべきである。よって控訴人のこの点に関する主張は採用できない。

四、更に控訴人は、本件仮登記担保の対象とされるべき債権は少なくとも本件根抵当権の限度額二、〇〇〇万円以上に出でることはない旨を主張する。しかし、本件根抵当権設定契約の各条項を仔細に検討するも、本件仮登記担保の対象とされるべき債権を本件根抵当権の限度額と同額に限定する趣旨は認められない。よって控訴人のこの点に関する主張も採用できない。

五、以上の次第で、本件仮登記担保の被担保債権は、被控訴人の前記予約完結の意思表示により確定したものと解すべく、その債権額は被控訴人と豊竜産業との間における前記商品取引上の本件手形金債権および蒲郡信用金庫からの譲受債権合計金二、三四一万九、五九三円となるわけである。

六、しかして本件仮登記担保の実行による清算については、本件土地を当審における口頭弁論終結当時(昭和四八年一一月二七日)の適正な時価によって評価しその評価額から債権者たる被控訴人の債権額を差し引き、残額があればこれを担保提供者たる控訴人に支払うべく、予約完結権を行使した被控訴人において目的不動産たる本件土地の所有権を取得するためには右仮登記に基づく本登記手続を経由しなければならないが、これがためには右清算の結果生じた残額があれば、その支払いと引き換えに右本登記手続の履行を請求すべきものと解するを相当とする。

七、そこで、本件土地の時価について検討するに、前掲甲第二号証によれば、本件土地については本件根抵当権設定登記および本件所有権移転請求権仮登記のなされた後である昭和四六年一一月二七日静岡地方法務局浜松支局受付第五六六一四号をもって、同年九月一日設定契約に基づき黒川壱雄を賃借権者、存続期間を三〇年とする賃借権設定登記がなされていることが認められるが、かような民法六〇二条所定の期間をこえる土地賃借権は、その登記が右仮登記担保設定の登記(所有権移転請求権仮登記)後になされ、しかも右仮登記にもとづく本登記の条件が成就している以上、本件仮登記担保権者たる被控訴人に対抗し得ないものと解するを相当とするから、本件土地の時価を評定するに当っては右賃借権の存在を参酌することを要しないものとすべきである。しかして当審における鑑定人村井秀夫の鑑定の結果によれば、本件土地の適正時価は金二、四一三万一、〇〇〇円をもって相当とすると認められる(もっとも、右時価は鑑定時である昭和四八年九月七日の価格であるが、本件口頭弁論終結当時においても同額であると認める。なお、甲第八号証は、昭和四六年六月二五日現在における本件土地の鑑定評価額を記載した鑑定評価書であるが、近時における土地価格の著しい昂騰に鑑み、右評価額は既に適正を失したものと考えられるので、これを採用することはできない。)。よって本件仮登記担保に基づき予約完結権を行使した被控訴人は、前記清算義務の履行として本件土地の右時価と前記債権額金二、三四一万九、五九三円との差額金七一万一、四〇七円を支払うべく、控訴人は、右差額金の支払いと引換えに被控訴人に対し本件土地所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をする義務がある筋合である。

よって被控訴人の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、当裁判所の右判断と一部結論を異にする原判決は不当であるから民事訴訟法三八六条に従いこれを変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 館忠彦 裁判官井口源一郎は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 久利馨)

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